食洗機を買ったのに結局手洗いに戻った理由とは?

暮らしをラクにする家事術
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食洗機は、便利だった。でも──

あれはたしか、4年くらい前。

「食洗機って、絶対に便利じゃん」

そう思って、迷わず購入した。

うちは5人家族で、毎食後の食器の山にうんざりしていたから、

「これで毎回30分くらい時短できるぞ!」って期待が大きかった。

購入したのはパナソニックの10万クラスの卓上タイプ。

「卓上食洗器」といえば、のやつだ。

──こすらなくていい。

──すすがなくていい。

──高温で乾燥までしてくれる。

そんな未来がくると思ってた。

実際、購入前は「ぶち込むだけでピカピカ&カラカラになって出てくる」っていうイメージだった。

手洗いじゃ絶対にできない高温洗浄。あれが魅力的だった。

でも、違和感を覚えたのは、使い始めてすぐだった。

下からお湯が噴射されるタイプだったから、汚れた面を下にして並べないといけない。

でも、お椀なんかは途中でひっくり返ってしまい、

水が溜まって、濁った状態で出てきたことがあった。

「あれ?ちょっと思ってたのと違うかも…」

その違和感が、少しずつ積み重なっていった。

手洗いがしんどい理由と、期待していた未来

手洗いがつらいと感じてたのは、特に冬だった。

水が冷たいのはもちろん、歳を重ねるごとに乾燥に弱くなってきて、

指先がカサついたり、服に引っかかるような違和感がストレスになっていた。

油ものが多かった日なんかは、水だけじゃなかなか落ちないし、

仕事でクタクタの夜や、外でバーベキューした日の大量の食器なんか、

「もう、見たくない…」と思うこともあった。

だからこそ、食洗機に描いていた未来は明るかった。

毎日30分くらいかけていた食器洗いの時間が、まるごと空白になる。

そのぶん、自分や家族との娯楽に時間が使える。

ストレスから解放されて、もっと穏やかになれるかもしれない。

正直、「これだけは譲れない」っていう条件はなかった。

ただただ、楽になりたかっただけだった。

故障とストレス。そして、手洗いへの逆戻り

結局、使わなくなった理由は──故障だった。

使い始めて約1年。ちょうど保証が切れたころ、

ある日突然、食洗機がエラーで動かなくなった。

調べてみると、修理には1万〜数万円かかることもあるらしく、

さらに調べていくと、どうやら「洗剤の固まり」が

センサーまわりに付着して誤作動を引き起こすことがあるという。

実際にうちでもその症状だった。

センサー部分を掃除して、十分に乾かして……

そうすれば動くこともある。でも、これがめちゃくちゃ面倒くさい。

しかも、だんだんと再発の間隔が短くなってきて、

「またか……」という気持ちが積み重なった。

直ったと思ったらまた止まり、

止まったと思ったら何時間か置かないと復活しない。

「今日は動くかな……」とエラー音に怯えるようになって、

妻もだんだんストレスを感じるようになっていた。

今はもう、普通に手洗いしている。

冬は寒ければお湯を使い、手袋をはめて。

後悔したか?と聞かれたら、

「エラーが出るまでは、それなりに時短にはなってた」と思う。

でも正直、期待していたほどの“救い”ではなかった。

「便利」ってなんだったんだろう?

「便利」って、なんだったんだろう?

やればできることをやらなくなる。

便利って、そういうことかもしれない。

でも、楽にできたことに満足しようと努力する感じがして、

たとえば汚れが落ち切ってないとか、すぐ壊れるとか、

そういう「本来は一番ダメなこと」さえも、

「いや、時短できたんだからいいんだよ!」と、意味の分からない理屈で納得してしまっていた。

「やればできることをやらなくなる」は、

いい意味で使われがちだけど、今は少し違う捉え方をしている。

食洗機が教えてくれたこと

今は普通に、毎日手洗いしてる。

冬は寒ければお湯を使って、手袋をして。

ときどき面倒に感じるけど、

「洗う」「キレイにする」という意味では、これが一番確実だったと気づけた。

食洗機を買ってよかったことがあるとすれば、

そのことにちゃんと気づけたこと。

……とはいえ、それなりの授業料にはなったけど。

次に買うなら──

もしまた買うとすれば、次は卓上じゃなくてビルトインを選ぶ。

理由は単純で、まずサイズが大きすぎること。

卓上タイプは存在感がありすぎる。

そして、もうひとつ。

「便利」「時短」「高価」という言葉だけで判断せず、

ちゃんとその裏にあるリスクや、生活との相性も考えて選ぶ。

そういう、冷静な目を持てるようになっただけでも、意味はあったと思ってる。

「時短」は、何かに目をつぶること

「便利」とか「時短」って、なんか良さそうに聞こえる。

でも今思えば、そこには見ないようにしてた部分もたくさんあった。

  • 汚れが落ちてなかったことも
  • エラーで動かないのに、何時間も様子見してたことも
  • 「ま、こんなもんだよね」って納得しようとしてた自分も

時短って、ただお金を払って時間を買うだけじゃない。

見えないどこかで、何かを省いてたり、我慢してたり、妥協してたりする。

その「代わりに失ってるもの」も受け入れられるなら、きっと便利だと思う。

でも、何も失わずに“全部が楽になる”ってことは、たぶんない。

今はただ、手で洗うだけ

手洗いなら、確実に洗える。

汚れ残りや、洗い直しの心配もない。

そして何より、「やる」と決めて、さっと終わらせる。

それだけで意外とスムーズに回る。

時間を短縮する方法を探すより、

ただやるだけのほうが、案外早いのかもしれない。